コンプライアンス

コンプライアンスとは

一般に、法令等の遵守のことと解説されています。実際には、企業が、社会の構成員として守るべき規則と要約できます。
具体的には、法律、業法(建築基準法、食品安全衛生法等業界別に定められた数々の規則)、社会的規範、企業倫理、企業が独自に定める行動規範( Code of Conduct)等の遵守です。
企業の社会的信用(レピュテーション)に深く関わる分野です。

コンプライアンス・リスクの深刻さ

コンプライアンス・リスクは、企業自身また社員がこれらの規則を破ることで発生します。
企業統治が社会的に重視されてきておますので、規則違反が世間に知られると、あの会社は、企業統治が出来ていないと評価され、社会的信用は大きく傷つくことになります。違反の内容によっては、経営陣の交代、組織の再編にまでつながる可能性を秘めた非常に深刻なリスクです。

例えば、
不正経理  談合  個人情報流出 リコール隠し  産地・性能偽装
建築基準法違反  セクハラ・パワハラ  インサイダー取引・・・・等

上記のような様々の分野で、具体的な違反事例が、毎年ネット上で沢山報告されています。
会社の一部組織だけではなく、個人情報漏洩、労務問題等で、一人の従業員の違反が組織全体に重大な損害を与える可能があり、トップマネジメントが積極的に関与し続けるべき分野とされています。

コンプライアンス・リスクとその他の企業リスクとの違い

コンプライアンス・リスクは、最初から例外なく回避すべき(遵守すべき)リスクです。
コンプライアンス違反が発見された場合、マネジメントはその大小を問わず見逃さず例外なしに対応する必要があります。
一方、その他の企業リスク、例えば、自然災害、火災、サイバーリスク等は、必ずしも全て回避すべきリスクとは言えません。
地震多発地帯で震度7以上の地震の可能性が予想される地域のある工場でも、その地域の利便性、地震の発生確率、想定損害額を考慮し、減災対策を採った上で、その地で操業を続ける意思決定が合理的であるとされる場合もあります。
コンプライアンス・リスクはそのようなことはなく、最初から守ることが前提になります。
その意味で、企業リスクマネジメント・システム上、取り扱いが他の企業リスクと異なります。

企業規模とコンプライアンス・リスク(風評被害)

一定規模にまで成長した企業は、意識しているかどうかにかかわらずこのコンプライアンス・リスクへの対応は、一定レベルまで、出来ているといえます。出来ていなければ、企業の成長も存続も困難なものになります。
しかし、企業規模が拡大し組織が複雑化しまた守るべき規則が多くなると、コンプライアンス順守体制を意識的に構築し、弱点を補強する必要が出てきます。
また、企業規模が拡大し、その地域社会での知名度が上がり一定の地位を占めるようになった企業にコンプライアンス・リスクが発生すると、通常、多くのメディアを通じ報道され風評被害も強まり、社会的信用を失い、経営者が窮地に陥る場合が多くあります。
その意味で、コンプライアンス順守は、企業の社会的信用の基礎となるものと言えます。

旧商家に伝わる家訓

企業の社会的信用の基礎となるコンプライアンスの重要性は、当然、日本でも江戸時代から認識され、旧商家に伝わる数々の家訓 に見ることが出来ます。
家訓は、商家を永続するための知恵として作り出され、それに基づき従業員への仕付けとして徹底されてきた現代のミッション・ステートメントないし行動規範(Code of Conduct)に当たります。「あの店の使用人は、仕付けが行き届いている」はその商家の社会的信用を表す言葉だったといえます。

例えば、1754年に制定されたとする近江商人の典型と思われる中村治兵衛家訓には、
「他國ニ行商スルモノ總テ我事ノミヲ思ワズ、其国一切ノ人ヲ大切ニシテ、私利ヲ貪ルコト勿レ。・・」
「我ヨリ年長ノ人ノ言フコトハ、一度ハ能クキ聴キ、後其ノ善悪ヲ考エ、善ノ方ニ従フベシ。・・・」とあります。

家訓には、近江商人系の他、三井、住友、三菱、安田との旧財閥系、松屋、大丸、高島屋、野田醤油、島津(島津製作所)等数多く存在するようですが、これらの家訓が共通して指摘していることは、

  1. 幕法(江戸幕府の法令)、国法守る事
  2. 勤勉であること
  3. 顧客を大事にすること
  4. 無駄な出費を抑える事
  5. 信用を重んじる事
  6. 財を私せず、社会貢献・慈善事業を行うこと
  7. 主人自ら身を正さなければ、下は従わない事
  8. 人を大事にすれば、有能な人が集まる
  9. 適材適所

(注) 商家の家訓 吉田實男著 より

これ等の家訓から言えることは、社会の一員として、永続存続しためには、

  1. その事業を通じて、社会でどの様な存在意義を持とうとするかを表す「ミッションステートメント」を作成する事。
  2. さらに、これを実現する為の「行動規範」を定め、これらとその時々の社会的規範を守っていくこと。

これらのことが、ビジネスを行う組織にとり時代を超えて共通する重要事項と言えます。

コンプライアンス体制の確立

コンプライアンスは、戦略の策定・実施、日常業務の遂行等企業活動のあらゆる分野、局面で、参照されなければなりません。
そのためには、組織の属する全ての人、トップマネジメントから最前線で業務に従事する一般社員まで、会社が究極的にどの方向、何を目指すのかを知り、その実現には、どの様な行動様式を取り、何をやってはいけないかを明確に把握してもらう必要があります。

その具体的な手段が、

  1. ミッション・ステートメント    
  2. 行動規範(Code of Conduct)

です。

これ等の文章は、企業活動のあらゆる場面で、活動の方向性を確認し、意思決定の基準、行動の基準として参照されるものですから、簡明で、全ての人に共感の持てるものである必要があります。

また、実施に当たっては、文章の内容が、企業の直面する現実に沿っているかどうかの検証も必要で、トップダウン、ボトムアップの双方向で、意見、情報の交換をしながら、内容を深め、組織内の常識となるレベルまで、浸透させる必要があります。

特に、「行動規範」は、組織の最前線で働く社員を主に対象にしますから、特にこれらの人々を直接管理し、サポートしているミドル・マネジメントからボトムアップの形での意見も参考に、行動規範の作成をし、一般社員の共感を得る必要があります。
実施に当たっては、ミドル・マネージャーによる日常業務遂行過程での指導浸透を図る必要があります。従って、ミドル・マネージャーはこの分野では、決定的な役割を果たす事になります。

ミッション・ステートメントの作成

ミッション・ステートメントは、企業が目指す社会的存在価値、存在目的を内外に表明するものですから、経営トップが持つ経営理念、哲学、更には、創業者のそれまで遡りそれらのエッセンスを引き出し、簡明に表示する必要があります。
この作成には、経営コンサルタントの助けを借りて行われる場合が多くありますが、経営トップがその作成に自ら深くかかわり、更に、トップをサポートする人々との自由な意見交換を徹底的に行うことが必要です。出来上がったものは、組織の全ての人が、理解・共有でき共感を持たれ、長い期間にわたり組織の方向性を定めるもとして参照されることになります。

行動規範(Code of Conduct)の作成と実施

ミッション達成のために組織の最前線では働く社員からトップまで遵守になければならない規則が、行動基準・判断基準としての行動規範(Code of Conduct)です。
行動規範として有名なものに、中国共産党軍の軍規「三大紀律八項注意」があります。
これは、20世紀前半中国で戦われた第一国共内戦で優勢な蒋介石率いる国民革命軍に対して毛沢東率いる共産党の脆弱な紅軍が、人民を味方にしながらゲリラ戦を有利に戦う為に導入された軍規です。現代の企業とゲリラ戦を戦う中国共産党軍の軍規とは、非常にかけ離れたものに思われますが、その究極の目標「人民を味方につけて有利に戦う」を達成する為に前線の兵士たちが守るべき行動規範としては優れており、その本質は現代のわれわれも参考に出来るものと考えられ、あえてここに記載します。

三大紀律

  1. 一切、指揮に従って行動せよ
  2. 民衆の物は、針一本、糸一筋も盗むな
  3. 獲得した物も金も公のものとする


八項注意

  1. 話し方は丁寧に
  2. 売買はごまかしなく
  3. 借りたものは返せ
  4. 壊したものは弁償しろ
  5. 人を罵るな
  6. 民衆の家や畑を荒らすな
  7. 婦女子をからかうな
  8. 捕虜を虐待するな

(Wikipedia訳より)

コンプライアンス体制の効果

コンプライアンス体制が確立すると、企業文化としてのリスク・カルチャーの基礎が、強固な形で実現でき、さらに、企業の社会信用(レピュテーション)もよい影響を与えます。

①トップ・マネジメントのコミットメントとリスク・カルチャー
ミッション・ステートメントの作成見直しに深くかかわったトップマネジメントが、コンプライアンス体制維持に強い関心を持ち関わり続けるので、企業活動の方向性も日常活動を通じ明確になり、リスク・カルチャーも強固なものになります。
②社員のリスクリテラシー
最前線で活動する社員は、そのさまざまな活動において、常に、自分たちの守るべき「行動規範」を参照し続ける習慣が身に付くことになります。このことは、同時に、自分たちが直面するリスクに敏感に反応する習慣を獲得することになります。これにより、社員のリスク・リテラシーの強化が期待できます。
前線に立つ社員は、最初にリスクに直面する立場にありますから、社員のリスク・リテラシーの強化は、必然的に、組織内で発生、または、発生の予兆をいち早くとらえ、情報が発信され、対応が迅速に行われることになります。
また、リスク・リテラシーのレベルの高い社員の参加する品質管理、リスク管理、危機管理、BCP等の実施において、高いレベルの結果を期待することが、可能になります。
さらに、「行動規範」の遵守は、必然的に、比較的頻発する業務関連リスク(オペレーション・リスク)の発生の削減が可能になることを意味合います。
この様に、コンプライアンスは、企業リスクマネジメント・システムの基礎を形作るもので、企業の大小を問わす取り組むべき分野と言えます。
③レピュテーション・リスクへの影響
以上のことは、経営トップが、常に注意を払わざるを得ない、レピュテーション・リスク(社会的信用)に好影響をもたらす事になります。
リスク・カルチャーが強化されることにより、深刻なリスクの発生の確率が削減され、また、万一発生しても迅速な危機管理に実施が可能になります。
さらに、ステークホルダーと関わる業務上の比較的多く発生する小さな失敗による会社の社会的評価に対する目立たない小さなダメージが大幅に減少します。
この目立たない改善の集積が、結果として、社会的評価の底上げにもつながる可能性があります。

以上のことから、コンプライアンスは、企業のリスクマネジメント・システムの基礎をなすもので、規模の大小を問わず最重要事項として取り組む分野であるべき分野であると云えます。